事業譲渡とは?仕組みやメリット・デメリット、手続きの流れを解説します

M&Aのブロックを指さす手


事業譲渡は、会社法第467条第1項によると「会社が運営している事業の全部あるいは一部を、他の会社に対して売却すること」と定められています。つまり、特定の事業を売買する方法のひとつと言えます。本記事では、事業譲渡の仕組み、事業譲渡を行うメリット・デメリット、事業譲渡の手続きの流れについて詳しく解説します。


事業譲渡とは?


事業譲渡とは、譲渡会社が全部または一部の事業を譲受会社に譲渡することです。事業譲渡の特徴としては、譲渡対象となる事業内容を契約によって選べる点にあります。また、譲渡する資産や負債についても契約に応じて選別することが可能です。

ただし、取引先との契約や従業員との雇用契約を譲渡する場合には個別に契約をし直す必要があるので、手続きが煩雑になりがちである点に気をつけましょう。このように事業譲渡の手続きには、時間やコストがかかる可能性があります。


事業譲渡の仕組み


事業譲渡は、工場の機械設備や倉庫内の在庫などの会社が所有している有形資産が譲渡対象になります。また有形資産だけでなく、保有している特許・ノウハウなどの無形資産、従業員との雇用契約、取引先との取引契約などの事業に関連がある契約・資産を一括して譲渡します。

事業譲渡には全部譲渡と一部譲渡の2種類があります。全部譲渡とは、譲渡会社が営んでいるすべての事業を譲渡することです。一方の一部譲渡は、譲渡会社が営んでいる一部の事業を切り離して他社に譲渡することを言います。


事業譲渡が検討されるケース


事業譲渡は、売り手側企業が自社の法人格や運営している事業を残したまま活用したい場合に検討される場合が多いです。具体的には、会社を残したままで企業を再生させたい場合には、事業譲渡による譲渡代金を受け取って、不調の会社を立ち直せる可能性があります。

また、自社に残したい資産がある場合にも事業譲渡が検討されます。なぜなら、ノウハウや技術を外部流出させずに引き継いでもらうことが可能だからです。また売り手企業の事業に好調・不調の事業が混在している場合にも、不調な事業を譲渡すれば好調な事業に専念して取り組むことができます。


他のスキームとの違い


事業譲渡はM&Aの主要な手法のひとつですが、他の手法とどのような点が異なるのでしょうか。株式譲渡や会社分割との違いについて説明します。


株式譲渡との違い


株式譲渡とは、売り手側企業の株式を買い手側企業に譲渡することで企業の所有者を交代させる方法です。基本的には株式の譲渡がメインの取引となるので、比較的簡単な手続きで取引を実施・完了させられます。そのため、中小企業におけるM&Aでは株式譲渡が利用されるケースが多いです。

一方の事業譲渡は、会社そのものは存続しますが、取引先や従業員との契約を引き継ぐためには個別に承諾を得る、あるいは新たに契約を結ぶ直す必要があるので、株式譲渡と比べると時間やコストがかかります。


会社分割との違い


会社分割とは、会社が運営している事業の一部あるいはすべての事業を他企業に分割して引き継ぐM&Aの手法です。 会社分割には、吸収分割と新設分割の2種類があります。吸収分割とは、事業に関して保有している権利・義務の一部あるいは全部を分割して、既存の他法人に譲渡する手法です。

一方新設分割とは、事業に関して保有している権利・義務の一部あるいは全部を分割によって新たに設立した法人に引き継ぐ手法です。

事業譲渡も株式分割も、事業の一部あるいは全部を譲渡する点は同じです。しかし、事業譲渡は譲渡する事業に関連がある資産を個別承継するのに対し、会社分割では包括承継する点に違いがあります。


事業譲渡を行うメリット

ノートを見ながら打ち合わせする男女のビジネスマン


事業譲渡を行う場合のメリットについて、売り手側企業と買い手側企業に分けて説明します。


売り手企業側のメリット


事業譲渡における売り手側企業のメリットは以下のとおりです。

  1. 事業の一部を選択的に売却できる
  2. 事業譲渡で得た利益を別の事業に投資することが可能である
  3. 法人格をそのまま利用できる


1.事業の一部を選択的に売却できる


事業譲渡は、譲渡したい事業を選定して他社に売却できます。自社に残しておきたい事業はそのまま残しておける点は売り手側企業にとってのメリットです。


2.事業譲渡で得た利益を別の事業に投資することが可能である


事業譲渡によって獲得できた利益を、集中して運営したい別の事業に投下することが可能になる点もメリットのひとつです。事業の選択の集中に役立てられますので、事業ポートフォリオの見直しをすることも可能です。


3.法人格をそのまま利用できる


事業譲渡の場合には法人格は維持したままでM&Aをすることが可能なので、個人のお客さまは所有者が他の会社に変更になったことに気付かない場合もあり得ます。したがって、顧客離れを引き起こさない可能性もあります。

また、法人格が変更になる場合には看板や商号の変更、広告費用などにかかる費用が発生するのでコスト増につながる可能性がありますが、法人格が維持されるのであればこうした費用は不要です。


買い手企業側のメリット


事業譲渡における買い手側企業のメリットは以下のとおりです。

  1. 負債や不要な資産を引き継ぐことなく取得したい事業を選別できる、
  2. 簿外債務等のリスクを最小化できる


1.負債や不要な資産を引き継ぐことなく取得したい事業を選別できる


事業譲渡の場合は、買い手企業は負債や不要な資産を引き継ぐ必要はありません。引き継ぎたい事業だけを、売り手側企業との交渉で合意のうえで、取得することができます。この点は買い手側企業にとって大きなメリットです。


2.簿外債務等のリスクを最小化できる


事業譲渡の場合は、簿外債務等を引き受けるリスクを最小化できます。簿外債務とは、会計帳簿や財務諸表に載っていない債務です。

簿外債務を引き継いでしまうと、将来的に損失が発生してしまう可能性があります。事業譲渡の場合は、債務を引き受けないこともできるので、簿外債務等のリスクを最小化できるのです。


事業譲渡を行うデメリット

株式譲渡に関する基本合意書


事業譲渡を行う場合のデメリットについて、売り手側企業と買い手側企業に分けて説明します。


売り手企業側のデメリット


事業譲渡における売り手側企業のデメリットは以下のとおりです。

  1. 契約関係を引き継ぐためには個別承諾が必要となる
  2. 買い手側企業に対して競業避止義務を負う



1.契約関係を引き継ぐためには個別承諾が必要となる


事業譲渡の場合は、売り手企業の取引関連の契約や従業員との雇用契約などを買い手側企業に引き継ぐために個別の承諾が必要になります。個別に取引先や従業員と交渉することになるので多くの時間がかかってしまうおそれがあります。


2.買い手側企業に対して競業避止義務を負う


会社法第21条第1項によると、売り手側企業は買い手側企業に譲渡した事業と同じ事業を20年間営むことができないと定められています。つまり、売却した事業と同様の事業を20年間営むことができないことを踏まえて譲渡する事業を選別・決定する必要があるのです。


買い手企業側のデメリット


事業譲渡における買い手側企業のデメリットは以下のとおりです。

  1. 手続きに時間がかかる
  2. デューデリジェンスに手間がかかる


1.手続きに時間がかかる


売り手側企業の契約関係を引き継ぐために個別対応が必要になるので、手続きに時間がかかる可能性があります。


2.デューデリジェンスに手間がかかる


事業譲渡の場合は特定の事業に関してデューデリジェンスが実施されるので、株式譲渡に比べるとデューデリジェンスの範囲は狭くなることが一般的です。しかし、のれんの発生可能性と財務・税務への影響はしっかりと確認する必要があるので手間はかかります。事業譲渡によって、のれんや負ののれんが発生した場合には、損益や課税所得にも大きな影響を与えます。


事業譲渡の手続きの流れ

契約書を手渡しする手元


事業譲渡の手続きの流れは以下のとおりです。

  1. 事業譲渡の内容決定
  2. 事業譲渡の承認を決議
  3. 債権者や株主の保護手続きを実施
  4. 事業譲渡が完了


1.事業譲渡の内容決定


事業譲渡は最初に売り手側企業が買い手側企業を探すことから始まります。売り手側企業はノンネームシート(大まかな企業情報を記載した資料)を買い手側企業に提示して、M&Aの交渉がスタートします。

基本的な事業譲渡の内容について合意できたら、基本契約書を締結しデューデリジェンス(買収監査)へと進みます。デューデリジェンスは弁護士や公認会計士などの専門家にも関与してもらって、事業譲渡契約書の作成につなげます。


2.事業譲渡の承認を決議


事業譲渡に関する重要事項を決定するためには、売り手側企業も買い手側企業も取締役会の承認決議が必要です。


3.債権者や株主の保護手続きを実施


債権者や株主に対して保護手続きを実施する必要があります。事業譲渡を実施する際には、効力が発生する20日前までに、事業譲渡の実施内容や株主総会の開催内容を株主に対して官報公告や電子公告で周知しなければいけません。


4.事業譲渡が完了


事業譲渡契約を締結して、最後にクロージング手続きを終わらせれば、事業譲渡が完了します。


事業譲渡を行う際に注意したいこと


事業譲渡を行う際に注意したいこととして、以下のようなポイントが挙げられます。


従業員に与える影響を十分に考慮する


事業譲渡を実施する場合には、従業員が退職してしまうリスクがあります。自分が携わっている事業が知らない間に他社に譲渡されてしまうようなことが起きれば働くモチベーションが低下して、仕事を辞めてしまうおそれが考えられます。したがって、事業譲渡について丁寧に従業員に説明して理解してもらうことが重要です。


契約を承継するには個々に許諾が必要


事業譲渡においては、取引先との売買契約や従業員との雇用契約を引き継ぐことを個別に承諾してもらう必要があります。手間や時間がかかりますが、事業譲渡の後もスムーズに事業を運営するためには必要な手続きです。


許認可は新たに取得する必要がある


譲渡される事業に関して許認可が必要な事業の場合は、あらためて許認可を取得する必要があります。新たに許認可を取得するためには時間がかかることも考えられるので、そうした時間も考慮して手続きを進めることが重要です。


専門家のアドバイスを受ける


事業譲渡に関しては、株式譲渡に比べると手続きが煩雑で手間や時間がかかるとされています。そこで、弁護士や公認会計士、中小企業診断士などの専門家の助言・支援を受けて手続きを進めると安心です。


まとめ


事業譲渡とは、事業の一部または全部を他の企業に譲渡することです。株式譲渡や合併などのM&A手続きに比べると手続きが煩雑ですが、事業を選別して譲渡できます。中小企業においては、株式譲渡が活用されるケースが多いですが、事業再編・企業再生を目的とする場合には中小企業でも利用されるケースがあります。

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